松田 幸裕 記
以前の投稿「データドリブン経営の実現にむけて その1/その2」において、データドリブン経営の実現につながるのではないかと思う要素に少しずつ触れていっています。本投稿では前回に続き、意思決定で陥りやすい「ヒューリスティックとバイアス」という特性について触れたいと思います。
2002年にノーベル経済学賞を受賞した行動経済学者ダニエル・カーネマンの著書「ファスト&スロー(上・下) あなたの意思はどのように決まるか?」では、人間の思考を「システム1(速い思考)」と「システム2(遅い思考)」に分けて説明されています。そのうちのシステム1は、自動的に高速で働き、自分のほうからコントロールしている感覚は一切ない思考です。システム1という速い思考の存在によって高速な意思決定の実現につながるのですが、、、そこには「ヒューリスティック」や「バイアス」などの落とし穴が存在し、高速な思考だけに判断に誤りが生じる確率も高まります。前回は「バイアス」について触れましたので、今回は「ヒューリスティック」について触れます。
ヒューリスティックとは、人が複雑な問題解決等のために何らかの意思決定を行う際、暗黙のうちに用いている簡便な解法や法則をいいます。一般的な言葉で置き換えると、最も近いのは「経験則」です。前述したシステム1という速い思考の中で無意識にこの「経験則」が使われますが、結果的に合理的な判断につながることもあり、また大きなエラーにつながることもあります。ヒューリスティックには有用なもの、有害なものを含めいくつかの種類がありますが、よく陥るものとして「利用可能性ヒューリスティック」があります。利用可能性ヒューリスティックは、あるカテゴリーのサイズやある事象の頻度を見積もるべき時に、その例が頭に思い浮かぶたやすさを置き換えてしまうというものです。例えば、政治家のスキャンダルなどはテレビで目にすることが多いため、頻度を多めに見積もってしまいがちです。
「データドリブン経営の実現にむけて その1」で例に挙げた高齢者による自動車事故も、実際は70歳以上の高齢者と同じくらい30歳未満による事故も多いのですが、報道で連日のように「高齢者による事故、相次ぐ」という話を聞いていると、実際よりも頻度を多めに見積もってしまうことになるのです。それぞれの年代での事故発生数や原因を正しく把握したうえで意思決定していかなければ、対策の効果は限られてしまうため、注意が必要です。
もう一つ、過労死についても例として挙げさせていただきます。
私は日頃ITの側面で「働き方」に触れることが多いため、働き方改革や働きやすさの動向などをウォッチしています。テレビなど報道では、時々過労自殺のニュースが流れます。ここ数年では、例えば2015年の電通新人女性社員の過労自殺、2016年の野村不動産男性社員の過労自殺などがあります。
あまり頻繁にニュースで過労死の報道はされないため、頻度は低い印象があると思いますが、厚生労働省の「過労死等防止対策白書」で公開されている関連データを見ると、年間の数字としては以下のようになっています。
- 平成27年度 就業者の脳血管疾患、心疾患等による死亡数(60歳未満):7,220人
- 平成29年 自殺者数(勤務問題を原因・動機の1つとするもの、かつ被雇用者・勤め人):1,685人
- 平成29年度 脳・心臓疾患での死亡に係る労災請求件数:241件
- 平成29年度 脳・心臓疾患での死亡に係る労災支給決定(認定)件数(死亡):92件
- 平成29年度 自殺に係る労災請求件数:221件
- 平成29年度 自殺に係る労災支給決定(認定)件数(死亡):98件
自殺での労災請求件数だけでも、1~2日に1件の頻度で発生しています。こんなに多く、苦しんでいる人がいるのです。決して対岸の火事ではなく、自分の会社でも起こり得ることを認識し、各社で従業員がいきいきと働ける環境づくりを進めていかなければなりません。
ヒューリスティックが悪影響を与えないように正しいデータと向き合うこと、バイアスが悪影響を与えないように確証のみでなく反証も意識すること。データドリブン経営を進めていくうえで必要な心掛けとして、ぜひ頭の片隅に置いておくことをお勧めします。